奈良時代の神像?「佐那武神社」 第23回 野々市神社めぐり(石川県野々市市御経塚)

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野々市は石川県の加賀地方では一番歴史深く、奈良や平安時代などの古い神社も多いんです。なんで、順番に野々市の神社を巡っています。
今回は、野々市の北端「御経塚」の村社「佐那武神社(さなたけじんじゃ)」を簡単にご紹介いたしますー。御経塚ですら読み方クイズにでるぐらいなのに、神社もまた全然読めなかったです(´ε`)
カレーを食べ歩いて26年目! 野々市生まれ野々市育ち! いしかわ観光特使で自称「いしかわカレー大使」のナマステが、いろいろ勉強して「ののいち博士」を目指ざしているブログです。

「佐那武神社」のご紹介


P3226564.jpg 【鎮座地】
石川県野々市市御経塚1丁目70

【歴史】
創立年代は不明なんだそうですが、奈良時代の聖武天皇の頃、神亀4年(727年)頃ではないかなーっと。ふる~い。ずっと「春日社」でしたが、明治元年に御経塚の村社になり、昭和18年に同じ御経塚の「大城八幡神社」が合祀して現在に至っています。合祀したのですが、鎮座地は「大城八幡神社」があった場所で、「佐那武神社」がこっち来たそうですね(^ω^)
ちなみに、なんで二つ神社があったかと言うと、御経塚には昔っから「東出」と「西出」という二つの集落があり少し離れていたため、佐那武神社(西出)と大城八幡神社(東出)と神社も二つあったみたいですよー。明治時代以降に一つの村に神社は一つだよーっと「神社合祀」が全国的にすすめられてたので、合祀したんではないかなーっと。

【ご祭神】
ご祭神は2柱「猿田彦神」と「応神天皇
「猿田彦神」は、ニニギノミコトを高千穂まで道案内をしたことで「道路の神」とか言われています。本当の道もそうですが、人生の岐路とかそんな感じもありますねー。あと「道を拓く」とかで学業とか仕事とかもね。
「応神天皇」は第15代天皇ですが、「武士の神様」とも言われていて、特に源氏の氏神にもなってて、全国の八幡神社のご祭神になっていることが多いんですよー。
なので、「佐那武神社」のご祭神が「猿田彦神」で、八幡神社系の「大城八幡神社」のご祭神が「応神天皇」なので、合祀して2柱になったんだろと推測できますよね。

【神饌幣帛料供進神社】
昭和7年に認定されました。「しんせんへいはくりょうきょうしんじんじゃ」といいます。歴史や地元との繋がりが深い神社を県が認定し、県知事が戦時の祈願のために祭事に神饌幣帛料を供進する神社で終戦まで続きました。簡単に言うと祈願のために歴史ある神社の催事に県知事が出席したいが、そうもできないので、代わりにお布施を寄付する、という感じですかねー。当時、選ばれるのはスゴイことだったそうです。

ってなわけで、行ってきた!


P3226562.jpg 【場所】
JR野々市駅から近く、北口から歩いて数分でついちゃいます(´ε`) 野々市駅をはさんで左右両方に踏切があるのですが、北東(山側)の踏切のすぐ近くですよー。駐車場はありませんので(ないことがほとんどですが)、神社めぐりは自転車や徒歩がおススメです!

【境内】
ってなわけで、一礼をして境内へ。西側が正面になるのかなー。鳥居が2基あって、明神鳥居(角ばった鳥居)をくぐり、進むと神明鳥居(丸っこい鳥居)がある感じですね。大きなきれいに整備された神社で、大きな木もあります。
入って、すぐに「大城橋」と言う小さな橋もあって、合祀されている感じも分かっていいですね。(^ω^)

【拝殿】
拝殿は昭和48年に修復されて鉄筋コンクリートになっているので新しいです。当然、何もやってないので中には入れないのですが、窓があるのか拝殿内が明るいので、正面から中を見ることができましたー。

さて、この神社の見どころや伝承をご紹介!


海の中から神像が! 佐那武神社①


陸奥の佐那
24435256_m.jpg そもそも「佐那武(さなたけ)」ってなんじゃらほい! なんですが、実は人の名前なんですよ(^ω^) 奈良時代の聖武天皇の頃、陸奥国の佐那という武士が、神亀4年(727)に神様の声を聴いて海の中から神像を得て、これを鎮斎したんだそうです。ほえー、なんだよー、東北の話かーって思って調べたのですが、佐那武というのは、石川県だけだったんですね。どうも、当時は現在の志賀町の福浦港に渤海国の使者が来て交流があったので、そこそこ全国から石川県に人が来てたわけで。
神像の話は石川県での話だと思います。金沢市大場町にも「佐那武神社」はあったし、あの有名な「大野湊神社」に合祀された神社にも「佐那武」の名前がついているそうですよ。なので、その3つのどれかに鎮斎したのはわかるのですが、野々市のこの神社とも言われているそうです。 ※写真はイメージです(^ω^)

二つ並んだ! 佐那武神社②


社標号 P3226575.jpg 正面には神社名が入った社標号があるのですが、拝殿の正面から見て右側にも入口があって、そちらの「社標号」が佐那武神社と大城八幡神社が二つ対等に並んでいます。やっぱり「東出」と「西出」の神社が対等に合祀したのかなーって思います。
そもそも、鎮座地は大城八幡神社ですが、神社名が佐那武神社として合祀というのもなかなかないのでは。こちらの社標号は隣の道路から見えるので、いつもなんで二つ並んでんだろうなーって思っていましたが、なんか勝手に納得できました!

虫も送るよ! 佐那武神社③


御経塚の虫送り
P7222891.jpg 全国ので行われている「虫送り」の発祥は野々市ではないかと言われていて、特に「富奥の虫送り」は有名なのですが、実は御経塚でも一度廃れた時期もありますが、現在は復活して「御経塚の虫送り」を開催しています。
で、もともと発着地はこの佐那武神社でしたが、現在は佐那武神社を発し、御経塚遺跡公園が到着地となります。御経塚の近辺では、押野と白山市横江でも虫送りが行っており、お互いの開催日に3つの虫送りが集合しているそうですよー。毎年、7/21の直前の土曜日に開催されています。

逆立ちしてる? 佐那武神社④


狛犬チェック P3226567.jpg
野々市付近には全国的の狛犬マニアには有名な「逆さ狛犬」が存在しています。逆さって言うか逆立ちなんですが、なぜ逆立ちしてるかは全くわからないんだそうですが、せっかくなのですべての神社でチェック! なんとも予想通りに2組4体の狛犬がいらっしゃいました! 二つの神社のものでしょうね(^ω^) そして、4体中1体が「逆さ狛犬」でしたよー! 八幡神社系に多いので、大城八幡神社の狛犬かなーなんて。

そんなこんなで私の勝手な「佐那武神社」まとめ。なんと歴史は深く奈良時代に陸奥国の佐那という武士が神像を鎮斎した歴史ある神社です。ただ、明治に入り、お隣の集落の「大城八幡神社」と合祀して、鎮座地はそちらに変わってしまい、現代にいたるって感じかな。 佐那武は名前ってだけでも憶えていてくれると嬉しいです。

自分は専門家ではなく、自分の子供に教えるぐらいで書いていますので、もし興味がございましたら、調べてみてくださいね。

お問い合わせ
佐那武神社
石川県御経塚1丁目70

今日の一言「奈良時代の歴史に触れれるのも神社っすね」

※自分も専門家でもないし、できるだけ一般的な説で多くの方に浅く頭の片隅程度でとどめるぐらいの内容で書いております。専門家の方は大きな心で読んでいただければ幸いです。
※記事の内容は掲載時点の情報ですので、変更になっている場合もございますので参考にされる場合は掲載日をご確認ください。
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