富樫の守護神「林郷八幡神社」 第2回 野々市神社めぐり(石川県野々市市上林)


野々市生まれ野々市育ちのいしかわ観光特使で自称カレー特使のナマステが、いろいろ勉強して「ののいち博士」を目指しています。
野々市は加賀では一番歴史深くものすごく神社が多くて、順番に神社を回っています。第一回は、やはり加賀の守護、富樫氏の護国神社「布市神社」でしたが、第二回は難しくて迷いましたが、やはり、野々市南部の富奥の大きな神社といえば、「林郷八幡神社(はやしごうはちまんじんじゃ)」ですね。
この神社は、室町時代には「富樫の守護神」とも言われていたそうで、数千坪の敷地があった神社だそうですよ! しかも、あの武将が先勝祈願に来たといううわさも!

ほいっと到着! 「林郷八幡神社(はやしごうはちまんじんじゃ)」。野々市市上林3丁目、野々市南イオンの近く、子供たちに人気の「南部タワー」で有名な南部公園に隣接していますよー。ってか、正面から見たら現在でもすごい感じがありありと感じますね。先ほども書きましたが、織田信長勢に攻め込まれる前は数千坪の森林の敷地があって、上林(かんばやし)ならぬ「神林の村」とも言われていたそうな。
ただ、実はこの名前になったのは明治、大正時代で江戸時代までは「拝師(はいし)八幡宮」だったそうですよー!?
ちなみに御祭神はその名の通り、武士の神様(八幡様)「応神天皇」と、なぜかその母親の「神功(じんぐう)皇后」、そして、建立した時の「三条天皇」の三神だそうです。
ずずずっと境内へ。


敷地が大きいですね。ってか、歴史が古いからか、木がでかい! そうそう、平安時代の1013年に建立されたそうです。
ってか、1000年越えじゃーん( ̄□ ̄;)!
自分の予想以上に歴史深かったっす。野々市市は2011年に市施行する前は「石川郡野々市町」で市制で石川郡がなくなったんですが、この「石川郡」っていつ出来たかわかります? なんと平安時代823年にできたんですよ! 意外と石川郡なくなったのって、歴史的にすごいことなんじゃ!
ってことは置いといて、平安時代は平安京(京都)から公家が日本を収めていて、「この辺は石川郡ねー、ほいでさらに8つの郷に分けるから、テキトーに収めてちょ」って言ってはないと思うが、そんな感じで、集落が多かった野々市の南部にできたのが「拝師郷(はいしごう)」で、そこに建てられた神社なので、「拝師八幡宮」って名前だったんですね。ちなみに、右隣に「富樫郷(とがしごう)」、野々市の上の方は、今も地名が残る「三馬郷(みんまごう)」と言われていたんだそうな。
じゃあ、もうちょっと進んで。


本堂っすね。そうそう〇〇氏が〇〇郷に移り住んだってよりも、「〇〇郷に移ってきた人が〇〇氏を名乗った」ってのが多くて、「富樫郷(とがしごう)」に移り住んだ斎藤氏が「富樫」を名乗ったんです。ちなみになぜか「拝師郷(はいしごう)」ってのは全国に地名があるんですが、なぜか「拝師」ではなくて「」を名乗るのが多かったそうですよ。不思議だ。なんで、斎藤氏から「富樫」「林」と親族が郷を治めるようになったんで、最初は仲良かったそうですよー。
で! 源平の戦いの際には力を合わせて源氏側について、鎌倉幕府擁立にかなり貢献したそうで、武士の世界になった時に、林氏が気に入らなかったわけじゃないと思いますが(´ε`)、「拝師郷」を「林郷」にしたんだそうな。自分でつけたくせにー(´ε`)
当時は富樫氏より林氏の方が強くて、この神社も「林氏の守護神」とも言われていたそうで。ただ、教科書で覚えていますか? 「承久の乱」(天皇側が幕府から政権を取り戻そうと起こした戦い)で、なぜか林氏は天皇側についてしまい、天皇側は敗北してしまい、林氏は力を失ってしまうんです! で、間になんやかんやあるんですが、書いてたらきりがないので、そのうち富樫氏が「林郷」も治めるようになり、室町時代には加賀守護となって、加賀一帯すべて治める力を持っていくんですねー。そして「富樫の守護神」と呼ばれるようになります。
ただ、富樫氏が室町時代に一向一揆衆に滅ぼされ、「拝師八幡宮」は一向一揆衆の神社となってしまいます。そこに、織田信長勢が攻め込んで、ものすごい広大で力を持っていた神社が、ほぼ焼き尽くされちゃうんですねー。
まー、そんなこんなもあって、江戸時代を経て、明治・大正に二度の改名で「林郷八幡神社(はやしごうはちまんじんじゃ)」になったそうです。

さて、ここから見どころ紹介!

ここが見どころ! 林郷八幡神社①
樹齢千年以上! 上林の大椎(おおしい)

本堂右側に、めちゃくちゃでかい椎の木があります。古来より神木として保護されていて、天然記念物に指定されたときは、全国で二番目の太さだったそうですよー。現在は、主幹がなくなっちゃたんですが、それでもかなり大きいです。ちなみに、最初に書きましたが、どれ?って思うぐらい、太い木が多いんですよー。まさに「神林」!

ここが見どころ! 林郷八幡神社②
かの武将が訪れた伝説も!謎の三つ巴紋の馬

境内に奉納されている「三つ巴」の家紋。「三つ巴」自体は戦国時代にはそこそこ有名な武将がいたのですが、富樫でもないんだよなー。で、ここで伝説というか噂というか、林氏と富樫氏は最初かの旭将軍「木曽義仲」とともに平家と戦いました。有名な「倶利伽羅峠の戦い」の前にこの神社で先勝祈願したという伝説があるんです。えっ! あの小学生の時から源平の戦い好きな自分からしたら、車で数分のところに木曽義仲が来ていったってだけで大興奮なんですよー。で、木曽義仲の家紋も違うんですが、木曽義仲といえば、歴代最強の女性武将「巴御前」。そう、巴・・・、家紋が三つ巴なんですね! そんなこんなの三つ巴なのかどうかは分かりませんが、勝手にそう思っていた方が、なんか個人的にはうれしいです(^ω^)

ここが見どころ! 林郷八幡神社③
狛犬チェック!

野々市付近には全国的の狛犬マニアには有名な「逆さ狛犬」が存在しています。なぜ逆さかは全くわからないんだそうですが、せっかくなのでチェック! いえーい! もうシャチホコばりに逆さになってますよー。すげー! こうやってみると、逆さでもいろんな逆さあるんですねー。これからの神社も要チェックっす!

ナマステ的見どころ!
こんな所に「拝師郷」の名残り

神社の名前が「林郷八幡神社」、地名が上林、中林、下林とすでに鎌倉時代から地名は「林」となっていて、「拝師郷」って現代じゃ誰もピンとこないんですねー。自分もこうやっていろいろ調べてから行ってみて、ふと裏手の橋を渡って振り返ってみると・・・なんと「はいしばし」と書いてあるではないか! なんだろう、この数メートルの短い橋なんですが、何十回と渡ったことか、こうやって調べてみて初めて、気になる「はいしばし」。誰も気にも留めない「はいしばし」。プチうれしいですね。よかったら、なぜ「はやしばし」じゃないか自慢してみてくださいなー(^ω^)


そんなこんなで「林郷八幡神社」。引いて撮ると「神林」を連想させますよねー。こんなのが、中心として数千坪あったと思うと、まさに「神林」と言えるのでは~。ちなみに昔から、この裏手から夕方に撮ると、鳥居の奥が真っ暗なので、結構怖いんですよー。中は神聖な歴史深い神社なんですけどね。
ってなわけで、「南部タワー」って大人でも上りたくなる公園も横にありますので、公園ついでにでも隣の神社をのぞいてみて、1000年の歴史を感じてみてはいかがですか(^ω^)?


林郷八幡神社
石川県野々市市上林3丁目71番地



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今日の一言「でもやっぱり裏側怖い。」

※自分も専門家でもないし、できるだけ一般的な説で多くの方に浅く頭の片隅程度でとどめるぐらいの内容で書いております。専門家の方は大きな心で読んでいただければ幸いです。
※記事の内容は掲載時点の情報ですので、変更になっている場合もございますので参考にされる場合は掲載日をご確認ください。


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