
ってなわけで、ほいっと到着! 「
末松廃寺跡史跡公園」。
石川県立大学の近くで、本当い野々市の最南端の端っこにあるんですよ~。一応、駐車場も完備!なんですが砂利(>_<)、ぶっちゃけ路駐も多いし(>_<) うちら子供の時は、「
廃寺=ハイジ」ってだけで陽気な感じもあったんですが、もっともっと「
うっそう」って言葉が100%似合うm、なんか怖くて近寄りがたかったです。でも「
カブトムシのいる公園」って言われてて、勇気を出して行くって感じでした。ずずずっと中へ。

ほら、こんな感じでなーんにもないんですよー、マジで。公園って言いながら遊具の一つもない。それ以前に、人がいない! 木ばっかり。 これでも、かなり木を漉いたんで明るいんですけど、昔は外から何かわからない感じでした・・・以上です! ちゃんちゃん(´ε`) マジで、何も知らずに来た人の印象はこうでしょうね、100%。「
自然が多いね!」って前向きにとらえてくれる人もいるんでしょうけど。と、かなりディスった所で!
ここがすごいぜ! 末松廃寺① 石川県の国指定史跡の重要文化財なんです! 
なんと、昭和14年に石川県で4番目の「
国指定の史跡重要文化財」なんですよ。いわゆる「国宝」にほど近い「
重文」なんですよ! 何にもないのにビックリですよね。看板にも「
文化庁」って書かれています。
ちなみに、石川県の国指定史跡は2021年現在で「金沢城跡」「七尾城跡」など全部で26か所、戦前で選ばれたのはたった4か所の一つなんです。野々市の国指定史跡にはもう一つ、先ほども書いた有名な「
御経塚遺跡」があるんですが、選ばれたのが昭和52年なんですよー。どんだけ重要な史跡かわかりますよね!
ここがすごいぜ! 末松廃寺② 1300年以上前の石川県最古の寺院跡なんです! 
なんと、「
末松廃寺」は、1300年以上前の7世紀後半の「
白鳳時代」にあったと言われている石川県最古の寺院なんですよー。っていつやねん!って「飛鳥時代」って言った方がわかりやすいかなー。聖徳太子とかそんな感じなんです! しかも所説ありますが、メインの「
金堂」と、なんと56mの「
七重塔」が立ってたんじゃねーか!って。ビックリ! だって、奈良とか京都ならわかりますが、ぶっちゃけこんな何にもない場所に~?って。マジで何にもなかったみたいで、だだっ広い平野にスカイツリーが立っている感じを創造していただければー。この辺に、いわゆる力を持った「
豪族」がいたんでしょうねー。どの豪族に関しては所説あるので書きませんが。ちなみに、なんで「
末松廃寺」っていうかというと、「
古すぎて名前が分からない」んだそうなー(´ε`) なんかの理由で崩れたか崩したか、なんだそうですね。
ここがすごいぜ! 末松廃寺③ 日本最初の貨幣「和同開珎」発見! 
ちなみに、末松廃寺を一躍有名にしたのは昭和36年に「
和同開珎(わどうかいちん)」の銀銭が発見されたことなんですよー。708年に発行された日本最初の流通貨幣です。ぶっちゃけ、なんでこんなところにー!ですよね。やはりよほどの力を持った豪族がいたんでしょうねー。
実は、昭和12年に最初は地元発案で発掘調査を行ったそうなんです。「ここになんかあるっじゃねー」って。それで、お寺の跡があって2年後の昭和14年に「
国指定史跡」なったそうですが、その後も小さな遺跡発掘を行っていたそうですが、この「
和同開珎」の発見によって、「これはもっとちゃんと調べて残さなければならないんじゃねー!」って話になって、およそ40年前(昭和41~42年)に文化庁による大規模な発掘調査を行ったんですよ~。そして、昭和46年になんと
全国で3番目の「史跡公園」ができたそうです。
※ちなみに、画像は使えないのでイメージですが、この一番有名な「寛永通宝」は1600年ぐらいなので、「和同開珎」はそれより約900年前の貨幣なんですねー!すごい!
ここがすごいぜ! 末松廃寺④ 2018年! 全国初「女子像が線刻された土製品」発見! 
ってな経緯で「
史跡公園」ができたんですが、最初に書いた通りの状況で、「こんなすごい史跡なんに、もったいないんじゃねーっ」てことで、2014年から2018年まで史跡公園の再整備に伴う発掘調査を行うことになりましたー。公園の再整備にあたり約40年前の発掘調査のおさらいや追加調査などなど。
そこで、一人の人物が登場! その名も「
ナマステ」(´ε`)! もともと、歴史が大好きでそっち方面に進みたかったんですが、はかない夢となり、現在に至っているんですが「発掘調査員募集」に惹かれて、思わず「仕事しながらですが、入れますか?」と市役所に電話。初めての遺跡発掘に挑戦です(´ε`)
って、すごいどーでもいい話で思いっきり脱線しましたが、この5年間でいろんな発見があり、最後の年だなーって思ってたら、なんと女性の絵が描かれていた遺物が発見されたんですよ! えらい人たちの興奮ぎみなのを見てスゴイものなんだろうなーって自分でも思いましたが、なんと全国初!「
女子像が線刻された土製品」ってことで全国ニュースにも! 全国からいろんな偉い学者さんが見に来てましたよ~。
で、当然「もうちょっと発掘した方がいいんじゃね~!」ってことになり、現在に至ります(´ε`)
末松廃寺のギモン① あの大きな石って何!? 
ってなわけで、「
末松廃寺跡史跡公園」の唯一!?の見どころっていうか、廃寺なので基本はこれしか残っていないんですが、写真のこの石、ほぼ上に乗っての「撮影スポット」となっていますが、なんだと思います(´ε`)!? これは「
カラト石」っていって、とっても重要な遺物なんですよー。だから乗らないでね(^ω^) 真ん中に穴が開いてるけど、さっき「
七重塔」がたってたって書いたけど、ほら塔を建てる時って支柱を建てますよね。そう、この石は支柱を支える大きな石だったんですよ~。だから真ん中に穴が空いているんですねー。そんな大きく見えないかもしれませんが、下に物凄く埋まっているそうです。
ちなみに昔に一度、「こりゃいいや」って、近くの神社の手水鉢に使われていたのはナイショの話です(^ω^)
末松廃寺のギモン② なんで遊具も何もないの? 
公園って書いてあると、なんか遊べる!って思って行ってみたら何もなくて、なんじゃい!ってなりますよねー。実は公園は公園でも「史跡公園」なんで「
史跡を保存するのが目的」なんです。だから何を作ろとしても勝手に作れないんですよー。自分もその昔「遊具ぐらい作ればいいのに。」って軽く言ってましたけど、砂一粒まで「
文化庁」の管理なので、市が手を抜いてるわけじゃないんです(´ε`)
ちなみに市の人に教えてもらった面白話なんですが、言ってみればトイレも作れないので、苦肉の策として史跡としての指定されたすぐ外に作ってあるんだそうで。これが、末松廃寺跡史跡公園はとってもわかりやすいんで、「
トイレの位置」を見てみたら、なるほどー!ってわかりますよー。
末松廃寺のオマケ 面白い木がいっぱい! 
最後のオマケとして、「
末松廃寺跡史跡公園」には、学者がビックリするぐらい、いろんな種類の木が植えられているんですよ~。春は「
桜の名所」としても有名ですし、秋には銀杏を拾いに来る人が沢山います(発掘調査に銀杏は地獄ですけどね(>_<))。
本当いろんな木があって、例えばお釈迦様が悟りを開いた「
菩提樹」とか、九州とかにしかない「
チシャの木」とかあるんですが、一押しなのが「
ムクロジ」。実が固くて昔は羽子板で使われていたそうな。実は石川県ではほぼ自生がなくて、大変珍しいんだそうで、遺跡を見に来たはずの学者さんが「
ムクロジ」の方に驚いて、ずっと木の話をしてて、何十年後に「
天然記念物になるかもよー」ってぐらい珍しい木なんだそうですよ~。
※この実を探してくださいなー。そんなに大きくないですが1本ありますよー。

ってなわけで、ざーっとご紹介しましたが、
「末松廃寺跡公園」は想像力を養う公園です! 何もない公園を眺めながら、ここに「
七重塔」や「
金堂」があったことを創造してみてください。それはそれは、ものすごい公園に思えてきて、心も洗われるかもしれませんよー(^ω^)

ってなわけで、2018年まではどちらかというと40年前に一度掘った寺の周りを掘っていましたが、最近は「
金堂」を発掘しています。実はこちらは初発掘の場所が多いので、もう遺物がザックザク。出すぎてもういいや~!ってぐらい。だって、寺が崩れた跡ですからね~。そそりゃいろいろでるわ~(^ω^)
今年も、9月から遺跡発掘再開です。がんばりまっす。あっ、「公園」なので当然誰でも入れますので、何もないですけど(^ω^)、想像力を働かせに、ぜひ見に来てくださいね!
よかったら、こちらの記事も参考ください。
全国初! 末松廃寺跡で大発見! 11/4(日)に現地説明会&特別展示開催!(2018/11) 国指定史跡「末松廃寺跡史跡公園」 石川県野々市市末松2丁目地内
入場自由 駐車場あり
※公共交通機関だと、野々市駅から出ているシャトルバス「
のんキー」で「橋爪新町」で下車するのが一番近いかな~。


今日の一言「頑張って掘るぞ!」
※自分も専門家でもないし、できるだけ一般的な説で多くの方に浅く頭の片隅程度でとどめるぐらいの内容で書いております。専門家の方は大きな心で読んでいただければ幸いです。
※記事の内容は掲載時点の情報ですので、変更になっている場合もございますので参考にされる場合は掲載日をご確認ください。
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