富樫氏の護国神社「布市神社」 第1回 野々市神社めぐり(石川県野々市市本町)


野々市生まれ野々市育ちのいしかわ観光特使で自称カレー特使のナマステが、いろいろ勉強して「ののいち博士」を目指しています。
自分は昔から神社仏閣とかの成り立ちや歴史とか大好きで、調べたら野々市は加賀では一番歴史深いので、ものすごく神社が多いんです! なので、順番に神社を回ってみようかなーって思いました。
第一回は、野々市と言えばここですよね、「布市神社(ぬのいちじんじゃ)」。室町時代中期まで野々市、というか加賀地方を治めていた「富樫氏」の護国神社へ行ってきました。

ほいっと到着! 「布市神社(ぬのいちじんじゃ)」。野々市市本町2丁目、北国街道沿いにあります。っていうか、この場所は昔からずっと中心地で、古くは平安時代に富樫氏の館があって、加賀の守護(今でいう県庁)あった場所で、近年は神社の後ろに「野々市町役場」があったんですよー。まさに中心地っすね。ただ、「布市神社」って名前は大正時代で、ずっと「住吉の宮」って呼ばれていたんだそうな。
ずずずっと境内へ。


鳥居の中に鳥居があって、右にも小さい鳥居があって。とにかく鳥居が多い神社っす。その先に本堂があります。普段は閉まっているんですが、お正月には開いてて、本尊は奥の方にあります。ちなみに、建立されたのはなんと平安時代! 「富樫家国」という方が、作られたと言われています。誰じゃい!って富樫氏の家祖ですよー。ほら、文化会館「フォルテ」にどーんと銅像がある人っす。ちなみに、富樫氏は元々、平安時代の貴族の藤原氏(ほら教科書にいっぱい出てた)の流れで、家国さんが「おれ、富樫にするよ。」って富樫氏になったそうな。

ちなみに御祭神(横から見ると分かりますが、一旦外にでてさらに奥に祀られてるそうな。子供の時に一度だけ行った記憶が?)は最初に三柱の神像を祀ったそうですが、それが「住吉三神」って神様になったので「住吉の宮」って言われているんだそうな。そんな多くないんですが、全国に「住吉」って地名があるのは、だいたいそういうこと。
さらに、富樫氏は貴族からですが「武家」であるため、「応神天皇」も一緒に祀ってんだよー。ほら別名「八幡様」っていう武士の神様っすね~。
富樫氏が滅んだあとはひっそりしてたそうですが、明治時代に入り、この辺の村の神社となり「富樫郷住吉神社」という名前になりました。その後、あれやこれやと次々と合祀されて大正時代に今の「布市神社」となりました。なんで、沢山の神社が合わさっているので、鳥居が多いんすねー。しかも、祀られている神様も多いのが特長っす!

さて、ここから見どころ紹介!

逆立ち狛犬

境内入口にある「狛犬」をぜひご覧くださいな。吽像の狛犬がなんと!逆立ちしているんですよー。「逆立ち狛犬」って言うみたいですが、なななんと、全国的にとっても珍しくて、金沢・野々市・白山付近の神社にしかないんだそうで、全国の狛犬マニアが来るそうな。110体ぐらい確認されているそうな。ちなみに、なんで逆立ちしているかは!。「不明」だそうです(´ε`) なんで、ぜひ謎を解いてみてくださいね。

雨乞石(あまごいいし)

そのままなんですが、江戸時代にこの石を持って踊ることで、雨乞いをして雨をふらせようとする祭事が行われていたそうな。ちなみに別名「弁慶の石」って呼ばれていて、武蔵坊弁慶がこの辺に来た時に、すんげーーー投げたそうな。まー、こんな話は似たような伝説沢山あるやろーって思いますよね。ところがビックリ! 「勧進帳」って歌舞伎の話をご存じ? 義経と弁慶が奥州へ逃げている際に、関所でバレそうになって弁慶が義経を叩きまくって、心を打たれた6代目当主「富樫泰家」が気づかないフリをして関所を通しちゃうって話。歌舞伎の舞台は小松市の安宅なんですが、実際、舞台の「富樫の館」があったのも「富樫泰家」も、ここ野々市なんで、実際の勧進帳の舞台は野々市と言われています。なんで、弁慶が通ったってのも本当みたいですね。


京都聖護院道興の歌碑

他に所縁のある人物といえば、「京都聖護院」の「道興(どうこう)」の歌碑があります。「京都聖護院」っていえば、ほら、食べたことありますよね「八つ橋」! あと、修験道でも有名で、「道興(どうこう)」は、なんと「応仁の乱」でも活躍するぐらいの人なんですよー。その人がこの辺りに来た時に読んだ句、
風をくる一村雨に虹きえてのの市人はたちもをやまず
この「のの市人」ってのが、この辺が「ののいち」って呼ばれていて、物凄く賑わってたって話なんですよー。

大公孫樹(たいこうそんじゅ)

境内入って右側に、20mとすんげー大きい「イチョウの木」があって、市の天然記念物にしていされています。500年以上の樹齢なんですが、実はこの木にもエピソードがあって、富樫氏が滅びた後、「木村孝信」という方がこの辺に屋敷を構えました。なんと、この方は「木村重成」の叔父さんなんですよ。ちょい歴史好きの自分としては、ビックリ! 「木村重成」って言えば、自分が大好きだった「真田幸村」と同じ豊臣四天王の一人で、この辺りを扱ったマンガとかには必ずでてて、必ずイケメンで誠実に書かれているんですね(^ω^)。実際そうみたいですが。豊臣秀頼に仕え、大阪夏の陣で死んじゃうんですが、真田幸村ばっかり調べてたのでまさかの叔父さんが野々市にいたってのでマジビックリです。
その「木村孝信」の墓標って言われているんですよ。

ナマステ的裏話「パイナップルの木」

自分は実は、子供の時にこの辺りに住んでて、結構「布市神社」で遊んでいたんですよ。で! バカな小学生が気になっていたのが、当時はみんな「パイナップルの木」って呼んでた、背丈が1mぐらいの小さな木だったんです。まあ、実際は「ヤシの木」なんですが(^ω^) ちょうど自分らと同じ背丈だったんで、全く忘れたまま40年以上。こうやって、野々市のことを調べるようになってふと思い出したんです。で、その場所を見てみたら!
まさかあったんですよ、当時1本だけ生えてた「パイナップルの木」が!!! なんとひょろ長く3mぐらいになってましたー(^ω^) めっちゃ、うれしー! 名もなき木ですが、ナマステにはとっても大事な思い出でした(´∀`)

そんなこんなで「布市神社」まとめ。めちゃ大きい訳ではないのですが、野々市には最重要な神社ってのは、野々市を野々市たらしめた「富樫氏」の護国神社だからなんです。逆にそんな大きくないのは、「富樫館」の中にあったからなんですよ。室町後期まで加賀地方の中心地であり、明治に入って、野々市村、野々市町と役場があり小学校もあり、今は「にぎわいの里ののいち カミーノ」の隣にあります。
他にも見どころが沢山ありますので、まずは行ってみるといいですね。

布市神社
石川県野々市市本町2丁目14-16



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今日の一言「昔は縁日もやってたんだよー。」

※自分も専門家でもないし、できるだけ一般的な説で多くの方に浅く頭の片隅程度でとどめるぐらいの内容で書いております。専門家の方は大きな心で読んでいただければ幸いです。
※記事の内容は掲載時点の情報ですので、変更になっている場合もございますので参考にされる場合は掲載日をご確認ください。


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